1Cr Drudgery―白黒徒花―

03.Hopes Similar to Cm―希望は美女に似ている―Verse 9

「プラナ、続きを頼む」

「あ……は、はい……ありがとうございます」

 突然話題が自分のところに戻ってきて少し戸惑いながらもプラナは再び図面へと向かい合う。

「え、えーとですね……どこまで話しましたっけ?」

「木の下に魔導陣があるっていうところまで」

「あ、ああ! そうでしたね!」

 ……よっぽど気が気じゃなかったらしいな。

 プラナが忘れるなんていうのは珍しい。

「そ、それでですね、実はあそこの木が重要な要素だったんです」

「木が?」

 魔導陣じゃなくて? いや、魔導陣の上にある木だから重要なのか?

 いや、どうして重要なのかはさっぱりだけどよ。

「あらゆる物質は常に元素を循環させています。人間は呼吸をすることで古い元素を吐き出し、生命の円環(キュベレイキクロス)へと還し、新たな元素を吸い込んでいます。息づく者は皆同じ。それは物体とて同様です」

 元素の持つエネルギーは生物にとって欠かすことのできない糧だ。火や石、水だって対応した元素を取り入れてエネルギーを得ることでその形状と性質を維持している。

 火の元素がないところで炎は燃えないし、水の元素がないところで水は生まれないし、風の元素がないところで風は吹かない。そういう話だ。

「植物が根から取り込んだ水の元素と浴びせられる太陽光を得て、風の元素とエーテルを精製していることは皆さんもご存知のことでしょう。どうやらあの魔導陣は、木が精製したエーテルをそのまま吸収しているようなのです」

 ……つまりは、あの木自体が動力源ということなのか?

「あの魔導陣には周囲にある水の元素を集める魔導式が組み込まれています。その水の元素を与え続けていれば、木はいつまでもエーテルを精製してくれます。自然にあるコンバーターを用いてのジェネレーター、魔術と自然の融合――よくもまあ考えつくものですよ」

 なるほどな。水さえありゃ木はいつまでも栄養を養い続ける。そこから必要最低限のエネルギーだけを吸収していれば魔導陣はいつまでも稼働し続けるし、木が枯れることもない。

 上手いこと共存させている。

 プラナが驚くのもよく分かる。

「確かに魔導陣を維持するにはそれで問題ないだろう。だが、その程度の魔力で魔界への穴を穿てるものなのか?」

 クロームの意見は俺も抱いた。確かにあれだけでかい木に、適度な範囲で水の元素を与えていれば相当のエーテルを補給できるとは思う。ただ、それは維持することに関してのみだ。

 魔導陣を駆動させ、魔界と直結させるにはどうにも不十分に思えてならない。

「それは仰る通りですね。魔導陣の内部にジェネレーターを組み込む技術がありながら、未だに一般普及していない原因は、その供給量の低さにあります。これのために未だ伸び悩んでいる技術であるのですが、この魔導陣はその対策として自然のコンバーターを利用しています。それでも物が物のために未だ不足していますがね」

 やはり足りない、か。そりゃそうだ。一般の召喚魔術でさえ術者の身体には結構な負担がかかる。召喚獣をその場所に留めるためにずっと供給し続けなければならないし。獰猛な場合には、動きを制限する拘束魔術まで仕込まなければならない。エーテルの消費は激しくなる一方だ。

 それを四匹、やってのけてなお平然としているキュリーはやっぱすげぇんだよな。

 そんな代物をそれだけで補えるわけもない。

「最終的に魔導陣を発動するためのエーテルを得るために存在するのが周囲にある補助魔導陣なんです」

「エーテルを手に入れる……て、一体どこから……?」

 魔導陣自体に動力源を組み込むことではエーテルが足りないから周囲の魔導陣からエーテルを得る。それだけ聞けば分かりやすい話だ。

 ただ周囲の補助魔導陣だって術者との接続が途切れている。そうである以上、動力源を組み込むことでは賄いきれないはずだ。

 そもそも、魔導陣に動力源を組み込むことであの魔導陣群が維持されるのに必要なエーテルを供給できているのはあの大樹があるからこそであって、他にあの木に匹敵するほどのコンバーターは存在していない。

 どう考えてもロジックが成立していないじゃねぇか。

「お忘れですか? あの補助魔導陣も魔界への穴を穿つ代物であることを」

 そこで俺は気付く。

 考えてみりゃそうだ。そもそも補助魔導陣に魔界へ直結させるための魔導式を組み込むこと自体おかしな話だ。そんなもん、大魔導陣に集約させればいいだけのこと。補助魔導陣は演算だけしてればいい。

 じゃあ、何故、あの魔導陣にはそんな機能が備わっている?

 ……どういう頭してやがんだ、この魔導陣をプログラミングした《魔族(アクチノイド)》は……。

「まさか、魔界から汲み上げるっていうのか?」

 できれば認めたくない予想に対し、プラナは残酷なまでにすんなりと頷きを返してくる。

「その通りです。あの補助魔導陣は穿った穴の先、魔界の大気中に含まれる高濃度のエーテルを汲み上げ、それを大魔導陣へと供給するのが本来の目的なんです。一つ一つの魔導陣が開ける穴は本当に極小であり、補助魔導陣が意識結界を展開するのに使っている、大魔導陣から供給されたエーテルその全てを穿つことに向ければ、何も難しいことではありません」

 ……おいおい。

 魔界の高純度エーテルなんて使えば、あの大魔導陣を駆動させるのに必要なエーテルなんて簡単に入手できちまうじゃねぇか。釣りがくるくらいだ。

「また意識結界を展開しているのもこの補助魔導陣ですが、本来は大魔導陣だけを隠すために使っているようです。その副産物として補助魔導陣にも意識結界の効果が表れていますが、これはあくまで副産物――大魔導陣に展開されているものと比べれば随分と弱いものです。道理で私が大魔導陣に気付けなかったわけですよ」

 ふむ、副産物であそこまでの隠蔽能力。本命である大魔導陣に気付けないのも無理はない。

 まあ、相手はこの副産物を想定した上で魔導陣を組んだんだろうが。

「纏めますと、大魔導陣が集めた水によって大樹はエーテルを作り出し、供給された魔力は周囲の補助魔導陣へと配給されます。ここで使われているエーテルは意識結界とトラップの維持に宛がわれ、魔導陣本来の機能にはほとんど用いられません。また植物がコンバートを行わない夜間には、備蓄されたエーテルが使用されるためこれも問題はありません。エーテルは十二時間程度であれば、存在定義がされていない状態でもエネルギーが衰えることはありませんからね」

 そこも折り込み済みか。本当に穴がねぇんだな、あの魔導陣。もしキュリーからの協力がなく、設計図を得られなかった場合のことを考えると、ぞっとするね。

 あいつの真意がどうであれ、無事全てが解決したらキュリーに改めて礼を言うべきだろう。敵対する勢力であり、またあいつの思惑は別にあるんだろうが、それでもあいつの協力なしでは今の状況に至れていない。

 感謝してもしきれないほどだ。

「魔導陣駆動時には、意識結界やトラップに向けられているエーテルのほとんどが魔界への接続に当てられます。この段階において魔導陣は初めて手薄になるわけですが、それでも大魔導陣を隠すことはできるようにエーテルの分配を調節されています。魔界から汲み上げられた高濃度エーテルは大魔導陣に運ばれ、大魔導陣自体の魔導式が展開――補助魔導陣の演算の力も借り、本命の大穴を世界に穿ちます」

 ふむ……なるほど。

 何とも複雑な魔導陣だ。目に見えない複雑な物であるため、その辺の要塞よりも攻略は難しい。

「補助魔導陣を破壊しただけでは大魔導陣の完全なる機能停止には至りません。意識結界が展開されてる以上不可能ではありますが、大魔導陣だけを破壊した場合も同じ。補助魔導陣は魔術の効果を一点に集中させることで、素早く小さな穴を開けるようにしていますがその収束を解き放ってしまえば、多少時間がかかるものの大穴を開けることが可能です。大きさは大魔導陣が開けるサイズを想定すると小さめになりますが、その分数が多くなりますね」

 どちらにしろ甚大な被害は免れないわけか。

 俺とクローム、二人揃って唸りを上げてしまう。セシウだけはしゃがみ込み、床に膝をついてベッドに顎を載せ、のんびりとプラナを見上げていた。

「お三方、魔導陣の構造はご理解頂けたでしょうか?」

「ああ、問題ない」

「おおよそ把握はできたぜ」

「なんとなく分かった」

 一人だけバカが混じっているが気にしない。

 プラナもあまりセシウに理解させるつもりはなかったらしく、特に何かを言うことはない。これくらいになるとみんな心得るな。

「では、これより本題である魔導陣の破壊方法をお伝えします。少々キツい時間制限ではありますが、私達四人で協働すればきっと完全に魔導陣の機能を停止させることができるはずです」

 プラナの語調はいつもより力強い。弱々しい、今にも掻き消えてしまいそうな儚い声ではない。

 トリエラに一矢報いたい気持ちもあるんだろうが、それよりもまず村人達を助けたいと考えているようだ。

 血を湛えたような紅い瞳も、今は熱量さえ伴っているようにさえ思えた。

 クロームは微かに鼻を鳴らし、腕を組み直して瞑目する。

「違うな、プラナ」

「え?」

 突然の否定にプラナはびくりと肩を震わせる、先程のこともあって身構えてしまっているようだ。

 結構引き摺るからな、プラナ。

 対してクロームは存外穏やかな表情で片目だけを開けてみせる。

「できるはず、ではない。やり遂げるんだ、必ずな」

「あ……」

 呆けたように口をぽかんと開けたプラナはやがて大輪の花が咲き誇ったような笑顔を浮かべ、力強く頷いた。

「はい! 必ず!」

 クロームも先程のことを考え直してくれたんだろうか。表情に冷たさはもうない。プラナもプラナで頬まで赤らめていやがる。おうおう、熱いねぇ。

 二人の様子を見上げるのも嫌になってふと視線をずらすと、セシウと目が合ってしまった。セシウは微かに表情を和らげ、やれやれと首を振ってみせる。

 お互い、アベックと一緒にいると苦労すんな。

 部屋割り、クロームとプラナでセットにした方がよさげなんだけど、そうなると俺はセシウとセットになるんだけど。それもそれで嫌だ……。

「うっし、そんじゃまあ」

 セシウはすっくと立ち上がり、ぱんぱんと手を叩く。自然と俺達の視線がセシウに集まる。

「仲直りもちゃんとできたことだし、作戦の内容説明してっちょ。そんでさっさと終わらせようさ!」」

 ぶんぶんと振り上げた拳を回しながら、セシウは上機嫌に言う。単純馬鹿が……。

「すごいテンションだな。一体どうしたのだ? セシウ」

 若干気圧され気味ながらクロームがたどたどしく問いかけるとセシウはぽりぽりと頭の後ろをかきながら、てへへと笑う。

 おいなんだ、そのおっとりした笑いは。らしくもねぇ。

「いやぁさ、難しい話はちんぷんかんぷんでワケワカメなので、とりあえずぱーぁっと飲みたいなぁなどと」

「プラナが真面目に話していたのに、何考えてんだよおめぇ」

「だってプラナの話は難しくて何言ってるか分からないし、私の場合考えてもムダだし」

「分かってんじゃねぇか、ゴリムスにしては」

「ゴリムスじゃねぇっつぅのぉ!」

 ホント、こいつは分かりやすいくらいバカだからなぁ。どうにも場の空気にそぐわないこともよく言うし。

 まあ、でもこいつがこういう能天気なこと言ってくれっから俺達もプレッシャーに落ち潰されずにいられるのかもしれない。

 ずっと真面目な話ばっかりしてたら、気分も沈むしな。

 お陰で空気が少し緩んだ。これなら落ち着いた気持ちで今後の話に集中できるだろう。

 何にせよ、まだ始まってすらいないのである。ここで緊張してどうにかなるものでもない。

 適度な脱力感も人間大事なもんだろう。

 俺は眼鏡を押し上げ、込み上げてくる笑いを堪えるように少しだけ顔を下げていた。