生きたい。
生きたい。死にたくない。
それだけの逃避概念を糧に、少年は、ただ必死に日々を過ごしていた。
それは、少年の願いだったのか。それとも、生きたいという望みだったのか。
そのような事は、まだ幼かった少年の知能では判別がつかなかった。
しかし少年には、それだけしか考えることができなかった。
気づいた頃には、身体中に幾多の傷跡を負っていた。
白い肌に不適合な、赤黒く穿たれた傷。
少年は痛覚を覚えなかった。おそらく、研究員が施した薬剤の効果が表れているのだろう。
しかし、少年にとって身体的な傷はどうでも良かった。問題は、精神面にあったのだから。
理性は完全に破壊され、発狂したことが何度もあった。心を犯すのは暴虐。残ったモノといえば、生き残る為に自ずと身についた知識だけだった。
朝六時に起床して、施設の研究員に薬剤の摂取を促される。後に何の飾りもないナイフを渡され、広大な面積を誇る地下闘技場へと連れて行かれるのだ。
向かいの扉から現れたのは、少年と同い年くらいの子供。
後は何も言わない。
研究員の貌が告げる。
殺れ、と。
だから、殺し合う。
そうしなければ、少年は生きられないと、既に悟っていたが故。
だから、ただ必死だった。
他者を蹴落とし、他者を犠牲にして、他者よりも強くなった。
そうして何人殺してきただろうかと、少年は血で帯びた闘技場の上に佇み、呆と考えた。
しかし、少年は何も感じない。
何も思わない。――否。思いたくなかったのだ。
全ての感情を排除して、一日でも長く存在していたかった。
そして、毎日殺人を続けていると、いつの間にか施設内の牢には誰一人いなくなっていた。
――何故か。
少年が全員を殺したからだ。
……少年は思った。
終わったのかな、と。
開放されるのかな、と。
生きられるのかな、と。
しかし、そのような思い上がった考えは、あっけなく破壊された。
そう。
それは、本当にあっけなかったのだ。
「君は強い。『■■』を認識する素質もある。故に、さらに強くなってもらう」
にこやかに笑う施設の所長は、当然のようにそう告げた。
「三日後から、君に観察者を設けさせる。君の上司となる人だ」
そして三日が経ち、その人は少年の前に現れた。
「キョウヤ・センドウですね。初めまして」
現れたのは女性だった。顔つきからして十代後半だろう、と少年は勝手に憶測する。
端整な顔立ち、流麗な赤色の長髪。
そして、何より少年が魅了されたのは、その微笑だった。その笑みからは邪気が全く感じられず、一瞬、自分に向けられているのだろうか、という疑問すら抱いてしまった。
「貴方の観察者となるべくして参りました。レイ・ストライトです」
にこりと美しく微笑む彼女は、出会い頭に、少年にある言葉を教えた。
それが、レイ・ストライトとの出会い。そして、少年の運命を定めた一日だった。