少年の観察者となったレイが施設に訪れ、一週間が経過した。
その間に行われた事は、少年とレイによる戦闘訓練のみだった。
元封殺者であったレイの実力は、少年が今まで相手にしてきた封殺者候補と比較すべきではない。いや、その考察自体、愚考だと少年は思った。
いつ、攻撃を受けたのか解らない。
いつ、気絶させられたのかさえも理解できない。
少年の全力を込めた魔刀による攻撃も片手であしらってしまうほど、レイ・ストライトの強さは異常だった。
いや、異常という表現にも語弊がある。レイは、その強さが『完成』されていたのだ。
これまでに何千という数の鬼人を殺してきたレイは、少年とは『格』というモノがかけ離れていたというだけの話だった。
「キョウヤ、少し休憩を入れましょう」
五時間にも及ぶ戦闘訓練に、二十分間の休憩を挟もうと提案を出したのはレイだった。
闘技場の隅に腰掛けた二人は、喉に飲料水を通す。
「……レイさん」
「なんですか、キョウヤ?」
微笑みながら、小首を傾げるレイ。その仕草はとても愛らしく思えて、同時に、心臓の鼓動が一段と早くなってしまうという鏡夜にとって厄介な仕草だった。
少年は顔を俯かせて、抑揚の無い声で尋ねた。
「レイさんは、昔、封殺者だったんでしょ? 鬼人を殺していた時、哀しいって気持ちにならなかった?」
いつか、自分もレイと同じ場所に立つ者として、『先輩』というべき人間の意見を聞いておきたかった。
レイは、何を想って殺しているのか。
レイは、何を悟って普通でいられるのか。
少年の問いに、レイは少し愁いを帯びたような笑みを浮かべた。
「そうですね。哀しいという感情は確かに有りました。それは封殺者になった人間ならば、必然的に経験する感情ですからね。鬼人を殺す為だけに生きて、死んで逝く。私がその運命を自覚したのも、貴方くらいの年頃でした。ですが――」
そこで言葉を切ったレイは、普段通りの優しげな微笑を浮かべた。
「私は、それを受け入れるつもりはありません。抗いなど無価値だと言う輩もいますが、それでも私は、夢を見続けていたい」
「……夢?」
「ええ。私が抱いている夢。貴方が抱いている夢。その種類は人それぞれですが、人間は誰だって、夢を見続けていたい生き物なんです。願望、自身の在り方を決定する『正への方向性』。
キョウヤ、貴方の夢はなんですか?」
問う視線すら優しい彼女に、少年は顔を俯かせることしかできなかった。
(……僕の、夢)
それは、考えてはいけない事だと少年は思った。
鬼人を殺す為だけに生きて行くのに、そんな奇麗事は無価値だと思えてならなかったから。
なのに、何でその言葉を意識しようとしている自分がいるんだろう?
黙り続ける少年に、レイは小さなため息を漏らす。
「今はまだ、その時ではないのかもしれませんね。ですが、私は祈り続けましょう。貴方が、本当の感情に気づくその時まで」
レイは、両手を胸に当てて、本当に祈るように口にした。
天使を連想させる柔らかな微笑みは、確かに少年を想っての仕草だった。
この時、少年はレイと共に笑うことができなかった。
(僕も、いつか笑える日が来るんだろうか)
しかし、レイの笑顔を見つめていると、そんな日が来るのかもしれないと少年は思えた。