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 正午になった途端、カインが「ボクが昼ご飯を作るよ!」と言い出してから一分が経過した。
「…………冷蔵庫にあるのが栄養ドリンクと牛乳と食パンだけって、どういうこと……!?」
 ポツリと呟いた言葉には、明確な殺意が宿っていた。体を小刻みに震わせ、終にはバァンッ! と勢いよく冷蔵庫のドアを閉める。
「カインくん。気持ちは充分に分かるッスけど、物に当たるのは良くないッスよ。……というより、鏡夜くんの食生活には問題がありそうッスね」
 千雨は頭を抱えた。成長期の男性がこれでは、栄養不足になりかねないと危惧したからだ。
「しょうがないッスね。昼食は諦めて、これからの事に関して対策でも練るのはどうッスか?」
「そうだね。キョウヤ抜きでも、勝手に進めちゃおう!」
 いきなりハイテンションになるカイン。その、喜怒哀楽がはっきりとした様に、千雨は思わず苦笑してしまった。
「じゃあ、私から質問があるッス」
「うん、なに?」
「観察者自らが、下の者(ロウアー)の始末を行わないのは何故ッスか?」
 千雨の問いに、カインは一つ笑って、
「ああ、彼らの仕事は、文字通り『観察』するだけだからね。下の者(ロウアー)のデータを星礼会に提出する。それだけだよ。まあ、観察者の大半は魔術師で、下の者(ロウアー)なんて簡単に殺せるんだけど、それは彼らの行動に入らない。それが星礼会の定めたルールなんだ。勿論、それを破った観察者は――」
 こうなる、とカインは手で首を横切らせた。
(という事は、下の者(ロウアー)が道を誤った時、抹殺の任務が回ってくるのは封殺者か、観察者の類に属しない魔術師って事ッスか)
 納得がいった千雨は、次の質問に入った。
「じゃあ、裁我さんとの関係は?」
「――きたね」
 そこでカインは、険しい顔つきに変わった。
「まあ、いつかは訊かれると思っていたからね。ボクの知っている限りの事は話すよ。
 カケルとは、二年前に星礼会の本部で初めて出会ったんだ。その頃、ボクは1階級(クラス)のナンバー10で、カケルも同じく、ナンバー10だった。カケルがミナト・トオチカの義兄だって事は、ボクは独自に調べ上げたんだ。彼は、施設から一般の孤児施設に預けられて、そこでトオチカの夫妻に引き取られたらしくてね。彼にその詳細を深く追求すると、キレて本気で殺しにきたけど。
 でね、ボクが零階級(ゼロクラス)の領域に踏み込んだのは、カケルが星礼会から逃走したからなんだよ。当時、ボクとカケルは、どちらが先に零階級に到達できるか競い合ってた。……まあ今になって思えば、その競い合い自体くだらないものだったんだけどね。カケルからすれば、『星礼会に従っている』っていう偽りに過ぎなかったんだから」
 当時を思い出したのか、どこかカインの表情は暗い。
 そして、その暗い表情を変えずに、最後にこう言った。
「……それにね。カケルは脆いんだよ」
「脆い?」
 その言葉だけでは、千雨の用いている『考察』でも理解できなかった。
 しかし、カインはやはり笑って、
「ま、二年も経てば、彼も変わってるんじゃない?」
 と、強引に話を締め括った。
(うーん。気になるといえば気になるけど、これ以上詮索するべきじゃないッスね)
 人間は、誰にでも話したくない事や秘密は持ち合わせている。千雨がカインに心界の事を隠しているように、カインにもその権利はあるのだ。
「コーヒーでも飲むッスか? 私、淹れるッスよ」
「サンキュ! 砂糖多めでね!」
 と。千雨が台所に移動したその時、ガチャッと玄関の扉が開いた。
 二人が顔を向けると、そこには鏡夜がいた。
(『答え』を見出したッスか、鏡夜くん)
 千雨の心界である『考察』が、一瞬でその事実を理解させる。
 そこに迷いは感じられない。いつもと同じ無表情だが、その黒瞳には確固たる意志が宿っていた。
「答えは見出せたのかい?」
「ああ」
「そっか。結論に至ったのなら、もう、ボクも言うことはないね」
「ありがとう。心配をかけた」
 その言葉に、カインはきょとんと目を瞬かせた。
「……風邪でもあるの、キョウヤ? 君から『ありがとう』なんて言葉、初めて聞いたけど」
「風邪は引いてないが」
「……ま、いいけど。それよりキョウヤ」
 と、カインは鏡夜に詰め寄って、顔を近づけた。
「なんだ?」
「冷蔵庫の中。あれ、どういうこと?」
「なにが?」
「栄養ドリンクと牛乳と食パンだけしかなかったから、昼食が作れなかったんだよっ!」
「勝手に人の家の冷蔵庫をあさるな。それより、二人に話す事がある」
「なんスか?」
「さっき偶然、天美と会ったんだが、裁我の本拠地を特定したらしい。
 裁我は、先日俺が鬼人の始末に立ち入ったオフィス街の、今は使われていない廃ビルに身を隠しているらしい。今日の夜には潜入して潰しに行くぞ。そして、裁我が星礼会に反逆する理由も全て話す」
 鏡夜の存在感は、昨日のそれとは比べ物にならないほど、凄まじく、堂々たるものだった。
 しかしこの時、カインと千雨がその『答え』の意味に気づいていれば。
 ――あんなことには、ならなかったのかもしれない。

 ◆

 午後五時を過ぎた夕刻。
 薄暗い廃ビルの地下で、一日にも及ぶ情報整理を行った結果、裁我はその真実に辿り着いた。
「……やっぱり、か」
 千堂鏡夜の矛盾した思考と行動。遠近湊との関わり。施設のデータ。そして、鏡夜の元観察者――レイ・ストライト。
 これだけの要素が揃えば、答えが出るのも当然といえば当然だった。
「って事は、鏡夜はどうあってもオレを殺せないって訳だな」
 裁我は、自身の右腕を見る。
 肘から下はもう何もない。しかし右腕が無くとも、鏡夜にもカインにも勝てると確信していた。
 元より、裁我はカインとの戦闘で負けたことは一度も無い。『個別戦闘論理』は、データが完全ならば、動作、行動を一瞬で把握し、百手先まで相手の戦闘思考を読むことが可能なのだ。
「……だが」
 そう。危険因子は、あの女だ。
 おそらく、あの女の魔術師は、鏡夜やカインよりも数段実力が上だろう。それに加え、あの女のデータはゼロに等しい。
 封殺者が魔術師に敵うなど絶対にありえない。それが、星礼会の定めた法則であり、絶対的な両者の関係である。
「まあ、その為に用意したんだけどな」
 ニヤリと笑い、背後にある大型のカプセルの中に入っている『それ』を見た。
「二年間かけて造ったんだから、少しは役に立ってもらうぜ?」
 カプセルをトントンと叩き、『それ』の起動準備に取り掛かる。
 裁我は白いロングコートを羽織り、すでになくなった右腕を隠した。
 行く場所など、とうに決まっている。
「鏡夜を正常に戻すには、アイツを消せばいい」
 そして、今度こそ後腐れなく殺るのだと決意をした。
 ――彼は歩き出す。
 過去と決別する為にも、そして、自分が自分である為にも。
 
 裁我は、廃ビルを後にした。

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