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 再度重傷を負った遠近湊は、二週間後に予定されていた退院が取り消しになり、次いで三ヶ月の入院生活を余儀なくされた。
 胸部を斜めに斬られた傷跡は、一生の痕になるらしい。
 これで、湊が負った傷は三つになった。
 あれだけの大怪我を負ったのに、まだ生きている自分も相当しぶといな、などとベッドの上で考える。
 その三ヶ月の間、両親の他に二人の見舞い人が病室に来た。
 最初に訪れたのは、銀髪に碧眼、湊より少し身長の高い、外国人の少年だった。
「来る予定はなかったんだけどね。帰国する前に、ちょっとだけ言い残したくなっただけだよ」
 いかにも不機嫌そうに言う少年は、名前を名乗らなかった。
「君がキョウヤにどんな影響を齎したかなんて、ボクは知らない。だけどね、あんな風になった彼を支えられるのは、唯一、キョウヤが心を許した君だけだとボクは思った。だから、一生をかけて癒してあげて。ボクから言えるのはそれだけだ」
 そう言って、少年は病室を後にした。
 
 その二日後。今度はポニーテールに半眼無表情の少女が訪れた。
「……あー、なんていうんスかね。まあ、事は全て終わったんスけど、終わり方が苦々しいというか」
 面倒臭そうに頭を掻き毟る少女は、名前を名乗らなかった。
「一般人である貴女に語れる事は限られているんスけどね。今の状況を簡単に説明すると、鏡夜くんは生きている意味を失ってしまったんスよ。それと同時に、存在理由というモノが消滅したため、思考、言動、行動が行えなくなってしまったんス。脳は活動しているけど、この三つが行えない――有り体にいえば、昏睡状態に陥ってしまったッス。鏡夜くんを止められなかった私達にも責任はあるんスけど……もう、全てが遅いッスね。でも、貴女にだけは希望を捨ててほしくないッス。これからは、貴女が鏡夜くんの拠り所になってほしいッス。鏡夜くんの夢を、簡単に終わらせないでくださいッス」
 深く頭を下げて、少女は病室を後にした。

 三ヵ月後。冬の趣が消え去り、春の趣が見え始めた三月の終わり、遠近湊は退院した。
 とはいっても、まだ負った傷跡は完治していない。「過度な運動は禁止」と主治医にも告げられ、しばらく通院もしなければならない。学園に通うようになるのも、まだまだ先のようだ。
 その間、湊は彼のお見舞いに通っている。花屋で香りの良い花を購入して、週に三回、その病室を訪れる。
 病室の扉を開ける。
 鏡夜は、ベッドで目を閉じて静かに眠っていた。
「こんにちは、鏡夜くん」
 笑顔で挨拶をするが、返事は返ってこない。
「今日はね、香りの良い花を買ってきたの。後で、花瓶の水を替えておくね」 
 笑顔で話し掛けるが、返事は返ってこない。
「私ね、また学園に通い始めたら、友達を作ろうと思うんだ。皆で笑いあって、楽しい学園生活を送ろうって決めたの」
 千堂鏡夜は、何も無い顔のままだ。
「……今更だけどね、私、鏡夜くんが好きだったの。あの一週間は、私にとってかけがえのない宝物だったんだよ。
 ――私、信じてるよ。鏡夜くんが、また学園に来てくれるって。前みたいに孤立しても、私が話し掛ける。私が鏡夜くんの拠り所になる。それが、あの人達から受け取った言葉だから。
 だから、私はそれを裏切らない。何年経っても、おばあちゃんになっても、私は鏡夜くんの傍にいる。約束する」
 出来うる限りの笑顔を見せながら、湊は泣いていた。

 鏡夜は、もう三ヶ月も眠り続けたままだ。
 生きているのか、死んでいるのか判らないほどに、彼は全てを失った。
 何故、遠近翔を殺したのかも、湊には判らない。
 そして、どんな事を想って、どんな決断をして、あの様になったのか湊は知らない。
 しかし、湊は最後まで彼の傍にいて、彼を想い続けると、そう決めた。
 その決意が、現在の遠近湊を突き動かしていた。
 辛いことも、悲しいことも、これからたくさんあるだろう。
 しかし最後まで、湊はその時が訪れるのを信じ続ける。
 こんなところで終わってしまってはいけないから。

 夢の続きは、きっと存在すると信じたが故に――。

 第一章 kyouya sendou 2007年12月 了

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