事務所の内部は、外から見た外見と照らし合わせると案外に普通な造型をしていた。鷹塔曰く、外界のどの場所から眺めても二等辺三角形に見えるように造型したらしい。
内部脇にある金属製の階段を上り、二階の事務室に入る。
十畳ほどの部屋には窓際に木造型のデスク、部屋の中心に来客用に二人が座れるくらいのソファーが配置されてある。部屋の右隅には、『給湯室』と書かれている扉がある。
部屋の内部は少々埃臭い感じがするが、相談を持ちかけ、さらには招かれた者としてどうこう言えはしない。
「ソファーに掛けてくれ」
鷹塔の端的な促しに葵はこくりと頷き、ソファーに座った。それなりに高級な生地を使っているのか、腰が埋まってしまうほどの柔らかさだった。
鷹塔も窓際のデスクにあるチェアに座った。
「さて、話を始めよう。――と言いたい所だが、先に尋ねたいことがある。葵くん、先の現象を君はどのように解釈した?」
「先の現象、と言いますと?」
「俺がこの事務所を
そう訊かれるが、葵は即座に返答ができなかった。あのような現象をこの目で見るのは初めてであるし、何よりあの現象は普通じゃない。それこそ、月宮葵の生きてきた十九年間で感じた未知のように。
「なんて言いますか……現実的じゃないと思いました」
口にできた言葉がそれだった。一般人の括りに属する月宮葵としては至極当然の返答である。
「ふむ。確かに君の生い立ちからすればそれ以外に返答はできない、か。参考になった。まあ、この仕掛けをバラすとすれば、この事務所は魔術で形成した建造物だな。魔術の類では『形成魔術』に属する」
飄々とした顔で言う鷹塔だが、葵はこれっぽっちも理解できていなかった。
「魔術、ですか?」
顔を顰めて思わず聞き返してしまったのも、彼にしてみれば仕方のないことだった。
「あぁ。君のお父上――
「いえ、全く聞いたことがありません」
……というより、自分の父親が魔術なんてモノを知っている時点で初耳且つ驚愕ものだった。確かにオカルトっぽい品にはかなり興味がある性格をしてはいたが……。
鷹塔は足を組み直し、両手の五指を絡めながら葵を見据える。
「歳時さんから聞いた話、君には兄がいるそうだが、そちらも魔術に関しての知識はないのか?」
「はい。今は親父と一緒にイギリスにいますけど、兄はそういう事には無関心な方ですね」
ふむ、と鷹塔は顎に手を添えて黙考する。
「あの、鷹塔さん。俺から言うのも何ですが、今日ここに来たのはこういう話をするわけじゃなく――」
「うん? あぁ、そうだった。すまんな、興味本位で少しカウンセリングをしてみたかっただけだ」
カウンセリングにもなっていなかった気がするが……という突っ込みたい衝動を御して、葵は話を切り出した。
「今回の相談の件ですが、鷹塔さんは昨夜に起こった事件の概要をご存知ですか?」
「あぁ。テレビや新聞では『異常な事件』と無駄な装飾をされているようだな。いや、無駄な装飾と認識してしまうのは俺が非日常側の人間であるからか。君のような一般人にしてみれば、『異常』という装飾は適切であるかもしれん。そして――」
と、鷹塔は口元に薄い笑みを刻みながら目を細めた。
「その一般人の君から、『事件を解決したい』と相談を持ち込まれた時は、些か動揺してしまったがな」
「鷹塔さんは、表向きでは探偵という職業に就いているそうですが……本当は違うんですよね?」
葵は先ほどの魔術の話でそう確信づけた。ただの探偵ならば、事務所を見えないように隠したりできない。
早合点な気もするが、葵にはもう一つ、鷹塔を一般人ではないと確信付ける証拠を持っていた。
「こうして鷹塔さんを紹介してくれた仲介人――親父はこう言っていました。『非日常に関わる覚悟はあるか?』と」
もはや実の父親からそのような言葉を聞くことになるとは思ってもみなかった。
しかし、葵はそれを肯定した。
『彼女の真実』に近づけるのならば、どんな方法にでも手を伸ばしてみせる。一年前、葵はそう自身に誓ったのだから。
「それは、俺が魔術師という存在だと知って尚、か?」
鷹塔の問いに、葵は是として肯いた。
葵の覚悟に、鷹塔は一刻の間、無言で何かを思案し続け――唐突にこのようなことを尋ねた。
「君をそこまで駆り立てる要因は何だ?」
「え?」
予想し得なかった質問に、葵はそんな言葉を漏らす。
鷹塔は続けた。
「今回の事件を解決したい理由。非日常に足を踏み入れる理由、といったところか。何が君をそこまで突き動かしている? 何が君を行動へと移行させているんだ?」
畳み掛けに問う鷹塔に葵は少し首を下ろし――思いつめた顔で、
「……非日常から守りたい女の子がいるんです」
そう、自分の気持ちをはっきりと述べた。